はてなブログ初心者の成長日誌

はてなブログ初心者がもがきながら頑張っています。

辻井伸行さんのピアノ

毎日のように辻井伸行さんのピアノ演奏に泣いている。なぜか知らないうちに涙がこぼれている。胸の奥から何かがこみ上げてくる。その正体は何なのだろう。
スマートフォンのなんてことないスピーカーで聴いていても胸が熱くなり、胸の奥から嗚咽が込み上げてきて、泣けてくる。音楽の本質は音質ではない。そりゃいいスピーカーなどが整備された環境で音楽を聴くに越したことはないが、スマートフォンのスピーカーでしかも圧縮された音源を聴いていても本当に感動できる。(感動という言葉自体が安っぽくも感じられるほどに。)
彼のピアノは呼吸している。呼吸しているという表現は非常に曖昧だが、本当にそうなのだ。息を吸ったり吐いたりしている。時には深呼吸になり、時には強く吐き出したり、時には息切れするほどフォルテだったり、時には寝息のようにピアニッシモ。ピアノが呼吸している。

辻井伸行さんの演奏を聴いたことが僕が31歳にもなってピアノを始めることになった大きなきっかけであることは間違いないし、辻井伸行さんのピアノを聴いて、改めて音楽の本質について考えるようになった。音楽制作をしていると、どうしても音質や音圧、ひいてはノイズなど色んなことにこだわってしまって、色んな道草を食ってしまう。そして曲そのものが大したものでもないのに、音質的にOKだとか音圧がいい感じだとかいい音で録音出来たからという理由で音楽を作り上げてしまいそうになってしまう。
違うそうじゃない。音質や音圧は音楽の中では大事な要素であるが、音楽そのものではない。僕はずっと音楽の本質を見失っていた。MP3とかを否定していた時期もあった。だが、辻井伸行さんのピアノは僕が見失っていた音楽の本質を提示してくれたし、さらには現代に生きる我々がこれからも音楽を作り上げていくうえでの可能性までも見せてくれた。
音質が悪くとも、どんな環境で聴こうとも、リスナーに届く音楽は存在する。それは演奏の表現であったり、ダイナミクスであったり、あるいは歌詞であったり声であったり、人間の人智を越えた宇宙的なものであったりするだろう。デジタル化された音楽環境は非常に便利であることは確かだ。とくに制作者サイドとしてはデジタル化された音楽環境の恩恵は計り知れないし。だがそのことで音楽の本質を見失ってしまってはいないだろうか。
まだまだ僕にもやれることはあるし、表現できるものもある。そして僕もこれから死ぬまでピアノを弾くことに挑戦していこうと思う。音楽の本質を忘れないように。